デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

喫茶去 と ラテマネー

「ラテマネー」という言葉があります。

アメリカの資産アドバイザーであるデヴィット・バック氏の著書

「The Automatic Millionaire(オートマチックミリオネア)」の中で

「ラテマネー」と定義しています。

毎日、400円程度のお金を無駄にしていないか。

一日400円でも、一ヶ月で 12000円、1年間で144000円になります。

カフェラテの「ラテ」からとったそうで、

カフェラテそのものが悪いということではなく、自販機で購入するジュースや

何気なく、コンビニなど使ってしまう400円程度の支出の総称のようです。

 

お茶に関しては「喫茶去」という言葉もあります。

中国唐時代の有名な禅僧の趙州和尚の話。

初めて教えをこいに来た人にも、何度か来た人にも

同じようにお茶をふるまった。

過去や現在、

貴賎、男女、いっさいの意識を断ち切り絶対の境地が

「喫茶去」なのです。

 

 

「お茶」を題材として、

人生や生き方を語るという点で類似していると思います。

違う点は、

「ラテマネー」は、アメリカの資産アドバイザーが

2000年代に発売した本の中にある言葉で

「喫茶去」は、中国唐時代(618~907)年の禅僧、

趙州和尚の逸話がもとになっています。

おおよそ1300年のひらきがあります。

そもそも「喫茶去」と「ラテマネー」はお茶を題材として人生観を語っているだけで

テーマは別のものです。

 

それが結びついたのは、ある経済紙のネット記事でした。

 

ものすごく簡単に説明すると、大富豪はビシっと細かいお金(ラテマネー)は使わず

大きいもの(不動産とか、教育費)には、お金を使うという趣旨です。

大富豪になりたければ、ラテマネーを使わないこと。

そうなんだ。それも間違ってないな。

それは、

「物を買う」という意味の捉え方だと思います。

買い物というのは

自分が必要だから(ほしいから)買います。

そのほかにも、売っている人が何かに困っていて、

その人の生活を助けるために買う場合もあるでしょう。

どんな人も仏性(ぶっしょう)を持っています。自分自身も。

仏性とは、一切の衆生(しゅじょう)が備えている、仏になれる本性のことで、

どんな人も、仏になれる可能性があるということです。

買い物には、お布施の意味合いもでてきて、

功徳を積んだことになります。

400円を使うと大富豪にはなれないかもしれません。

400円で功徳を積むことはできます。

 

お茶に話を戻します。

「喫茶去」の意味を、

「まずはお茶をのみ、煩わしいことをわすれて、気分をかえて、

また、日常にもどっていけばいい」

そのようなことを、どこかの本で読みました。

「お茶でも召し上がれ」という意味の拡大解釈なのでしょうか。

もともとの意味とは、違った解釈がでてくるのでしょうか。

それでも、

「お茶」は、日常をつつがなく過ごすためにあるのだと思っています。

「箸休め」「息抜き」「ガス抜き」というような言葉もあります。

 年間144000円のお金は結構あります。

一日、一杯のお茶を飲まなかったために、

もっと大きなお金が出てしまったら困ります。

144000円以上のものは、いろいろありますから。

 

わたしは半々です。

400円で珈琲を飲むこともありますし、

400円を節約するために、

珈琲豆やステイックタイプのものを買うこともあります。

100円珈琲を飲んだり、無料の珈琲をだしてくれる本屋に行ったりもします。

その中で、小銭を貯金箱に入れます。

大富豪にはなれないかもしれません。

少しづつお金をまわして助け合い、みんなで豊かになるのも

いいなと思います。