デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

今も昔も

智恵子抄」を書いた高村光太郎は、散々、智恵子に(心理的な)暴力をふるい、無茶苦茶なことをしていたと、今は亡き、著名な思想家が言っていた。今でいうDVかな。その思想家は、明治の文豪と言われる人々の日常の出来事、身内ならばかくしたいようなことを「あの人は、こんな人でね」言っていた。

ネットで検索すると、高村光太郎は女狂いであったと出てくるけれど、すぐにそれを否定する内容が出てくる。が、しかし、である。自分を追い、東京から上高地までくるような女には、さぞや高圧的だったのではないだろうか。 

高村光太郎の場合、真偽のほどはわからない。石川啄木の場合はローマ字の日記が残っているので鬼畜と言われるような言動が残ってしまった。以前の資料では「ローマ字の読めない妻」と馬鹿にしていたらしいけれど、NEVERまとめでは女学校を出た才女の妻がローマ字を読めなかったはずがないだろうとあった。最初は読めなくとも、どこかで教わった可能性もある。

「パソコンって、苦手なの」と夫の前ではいっさいパソコンを触らないくせに、こっそりパソコン教室に通い、夫の留守の間に不倫メールを見ている女性は現代にもいる。夫の不倫は、さておき、わたし自身、そのタイプである。

そんなに妻を愛しているなら、生きているときに詩集をだしてあげればいいじゃないか。美しい言葉で、自分の暴力を隠そうとしているのだろうか。失ってから、存在の大きさに気づくというけれど、詩集を出すような優秀な人が、愛する妻が生きているときに、そのことに気づかないわけがないだろう。

いや、違うかも。

光太郎と智恵子は愛し合っていたんだ。死してなお、愛しあっていたんだ。そういう男女がいたんだ。人が信じられない現代、愛し合う男女がいたと信じることで、救われる人もいるんだ。