デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

火熨斗

火熨斗(ひのし)とは、布の皺をのばしたり、襞をつけたりするための底の滑らかな金属製の器具で、杓子のような形をしており、内部に炭火を入れ、熱した底を布にあてて使う。平成の若者は、杓子の形も知らないかもしれない。片手鍋のような形といったほうがわかりやすいかもしれない。

現在でいうアイロンの原型である。アイロンよりも手間がかかった火熨斗を使い、皺を伸ばし、折り目をつけていた心のありようと思うと、今を生きるわたしも背筋が伸びる思いがする。

とはいえ、現実の生活の中で夫と娘の洋服にアイロンをかけるのは大変だった。それでもアイロンをかけ続けたのは、家族を守るためだった。

夫はワイシャツをクリーニングに出すと、薬剤の影響か、午後から首元に疲れが出るという。襟と袖口を手洗いしてから洗濯機で洗い、アイロンをかけた。襟元、袖口には皺が出来ないように特に注意した。

娘のほうは、幼稚園に入園してからアイロンをかけるようになった。初めての集団生活で一日中様子をみているわけにいかない。そんな娘を守ってあげるのは身なりをきちんと整えること。高価な衣類でなくても、きちんと洗濯をしてアイロンをかけた。

親の心を知ってか知らずか、娘は毎日ズボンを真っ黒に汚してきた。靴下も泥だらけで、手洗いでないと落ちない。幼稚園の頃、緑色のズボンがお気に入りで、ほぼ毎日履いていた。わたしも毎日洗濯してアイロンをかけた。大きくなった今でも懐かしくて持っている。

一番大変だったのは、高校生のときの夏服ブラウスだった。ブラウスの上にベストを着たりするのではなく、本当にブラウス一枚で着る。そのブラウスが可愛いと評判だったし、女の子に皺くちゃのブラウスを着せるわけにいかない。忘れていて、はっと気がついたときは真夜中で、夜中に洗濯機を回し、濡れたままアイロンをかけて、朝までに乾かしたこともあった。

入学当初、娘は夏服ブラウスを洗い替えの二枚しか買って来なかった。二枚だと毎日洗濯しなければならない。「もう一枚買って来て」と頼んでも、反抗期の真っ盛りで「忘れた」と言う。三度目に「忘れた」と言ったときは、いい加減頭にきて怒鳴った。怒鳴られて、やっと三枚目を買ってきたっけ。

その娘も、大学生になり、生まれて初めて男の子の友だちが出来た。結婚を意識し、自分の家庭を考えるようになったらしい。わたしがアイロンをかけた衣類を大切に持つようになり、時々、出かける前にアイロンをかけたりする。

かつて炭火を火熨斗に入れ、皺を伸ばした人々と、平成に生きる女子大生が夢見る将来にも、同じ思いが流れている。