デイジー

気持ちがいいと、イビキをかきます。

あきらめで守る

夢を諦めるとか、仕事を諦めるとか、努力を放棄する意味での「諦め」ではなく、「蔑まれた」中で生きなければならない「諦め」である。

面倒くさいタイプを前にしたとき、ここで関われば悪口を言われる。だから良い顔をしておく。強い者にはへりくだり、長い者には巻かれておく。面倒くさいタイプに悪口を言われることはない。一見、身を守っているように見えても、面倒くさいタイプに好かれても、面倒くさいタイプより、さらに蔑まれている。

身の守り方は様々である。攻撃は最大の防御ともいう。人間関係においての「攻撃」は、相手に文句を言われないような「強さ」を持つか、相手に文句を言われないような「好感」を持つか、相手に文句を言われないような「醜悪さ」を持つかである。

一番温厚に見える「好感」を持つ方法は、要は、相手に好かれるということ。妙なもので、好かれる基準は人により違う。ある人にとって好感は、ある人にとって不愉快であり、ある人にとっては醜悪になる。「好感」という攻撃によって身を守ろうとしていたのが、「醜悪さ」で身を守っていたりする。

日常の人間関係の中で「醜悪さ」とは、悪口を言うこと。この人に不快感を与えたら、悪口を言われるな、という印象である。悪口を平気で言うような面倒くさい輩だな、ということ。

そのぐらいにしておかないと舐められるという人もいるけれど、悪口を言いそうな面倒くさいタイプと思われ、それに擦り寄るようなタイプは、さらに姑息な人間と思われ、結局、面倒くさいから良い顔をしておくという付き合い方で、信頼されているわけではない。

面倒くさいタイプとは、このぐらいでいいだろう、と諦められて生きている。諦めの中で生きるのも、身の守り方の一つかもしれない。