デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

どうしようもない壁

娘が小学生の頃、周囲の子どもたちは中学受験に向かい塾通いをしていた。我が家は中学受験をさせないという方針だったので、娘は学校の勉強だけだった。明らかに変わってくる同級生の中で娘が萎縮していった。「あなたは受験をしなくても、一生懸命勉強しているから、大丈夫。例え結果が多少違っても努力した過程が一番大事なんだから」

娘に言い聞かせながら、それが子ども故にかけられる言葉で、「教育上」発せられる言葉で、子ども騙しのような気もした。

おとなしそうで、どこから見ても専業主婦に見えるらしく、失礼だけど何も出来なそうと言われる。そんなわたしはかつて、スポーツをしていた。走るスポーツだ。国体にもインターハイにも出場し、全国大会の雰囲気を知った。当時の夢は、日の丸のユニホームを着て試合に出ること。まったく夢ではなかった。あと0.1秒記録が伸びれば、アジア大会のリレーメンバーの補欠には入れたと思う。

その0.1秒が伸びなかった。

どんなに練習しても、記録は伸びなかった。かつて、どんなに練習しても、わたしに勝てなかった人がいるように、わたしもどんなに練習しても記録は伸びなかった。

どんなに意地悪で、威張り散らしていても、練習が不真面目でも、走って早い人が試合に出られる。この世界では、「早く走る人」が「良い人」の基準になる。陸上界にいる限り、その基準は変わらない。

ボルトより早く走りたいと思う人はたくさんいても、現実に早く走れる人はいない。能力的にどうしようもない壁に、ぶち当たってへし折れた。

四◯代、五◯代になって、どうしようもない壁にぶち当たったときに、壁を乗り越えていく人や年少の人を、馬鹿にして自分を大きく見せようとしたり、悪口を言って足を引っ張ったりする行為に出る人がいる。

これは悲しい。惨めになる。

バブルの頃、「夢は見るものではなく、叶えるもの」という言葉が出回った。夢を叶えられない、目的を達成できない、ステイタスを手に入れられないのは、負け組というレッテルを貼られた。

陸上で言えば、表彰台に登れるのは三人。その三人と同じ時間、同じような厳しいトレーニングをしても登れない人のほうが圧倒的に多い。

どうしようもない壁。

誰しも、一度や二度は通らなければならない壁。

壁に突き当たったとき「努力した過程が一番大事なんだから」と言った子ども騙しを思い出してみたりする。