デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

れんこんのきんぴら

もう二七年前のこと。一八で上京してきたとき、八百屋で「れんこん」と言ったら、「蓮ですよ」と返された。れんこんは蓮の茎の部分にあたる。大根や人参は畑で栽培されるが、れんこんは田んぼのようなところで栽培される。根菜類とは地下に出来る茎や葉を食べる種類も含むので、れんこん、自然薯、山芋も根菜類に入る。

蓮の根だから蓮根(れんこん)と呼ぶけれど「蓮」と呼んだほうが上品な印象を受ける。上京してきたばかりで当時の東京がどういう風潮だったかは知らない。ただ訛りのない言葉で「蓮ですよ」と返され、とても恥ずかしかった。八百屋の軒先には確かに「蓮」と手書きで書かれていた。昭和六十年代のこと。

平成も二十五年を迎えた現在、インターネットの料理サイトで「蓮のきんぴら」を検索すると一二品、「れんこんのきんぴら」は二◯◯◯品を越える。現在は「れんこん」のほうが主流のようである。

れんこんの栄養価は高く、子育てに追われているとき、よく食卓に上った。砂糖を多く使わなくても甘みがあり、娘もよく食べた。人参と一緒に炒めたり、筑前煮にしたり。それでも一番美味しいのは、シンプルなきんぴらだと思う。

お酢を入れたボールで水にしばらくさらした後、キッチンペーパーでよく水を拭き取る。後から、炒めるときに少量の水も入れるので、そんなに拭き取らなくてもいいと思うかもしれないが、油を熱したときのフライパンに入れたときに飛び散る熱さを思えば、よく水は拭き取ったほうがいい。

油はごま油でもいいけれど、れんこんの風味を活かすならふつうの油が良い。熱した油にれんこんを入れ、すぐに塩を振る。塩が馴染んだ頃を見計らって少量の酒を振る。酒を振った頃、油を吸ったれんこんはフライパンの中でからからになるので、少量の水を入れる。ここで油を入れると脂っこいきんぴらになるので、水を入れて、れんこんに芯まで火を通す。

差し水と同じ頃に、みりんも少々入れる。

れんこんに火が通ったら、砂糖を入れる。砂糖が馴染んできたら、醤油を入れる。調味料の量は、好き好きがあるので、好みで入れる。こうやって炒めている間に、油をあまり使わないのでれんこんはフライパンにくっつき、おこげが出来る。不可抗力で出来るおこげだけれど、香ばしいおこげが好き。

「蓮」ではなく「れんこん」が広まった理由は、日本人の奥ゆかしさだと思う。

仏教において「蓮」は「泥中の蓮華」と言われる。蓮は泥中の中に美しい花を咲かせる。泥は、今のわたしたちが住んでいる世界を表し、華は悟りを表す。悟りの象徴の華を食べてしまっては未来が無い。食べてしまうのは、現世でいいだろう。

蓮の華の上には、仏様が座る。台座が無くなってしまったら仏様も困ってしまう。