デイジー

猫のデイジーと暮らしています。

近くの公園の桜が咲きました。

河津桜かな。

今日は、冷たい雨ですが

もう少しで、春です。

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MRIの滝行

一晩中続いた腹痛が明け方になって耐えられなくなり、救急車で搬送されました。病院で気づけば処置をうけていて、救急隊員の方にお礼をいっていないことを思い出しました。付き添っていた夫が自分がきちんとお礼を言ったから大丈夫だと言うので安心しました。

痛みがあって朦朧としていて、救急車で運ばれたのも初めてで、何がどうなのかよくわからず、何かきかれても「え、まあ、はあ」という、イエスかノーかわからない悪癖の返事を何度もしてしまいました。

ネットでみていたら、手術のあとは、すっきりしたという感想が多いです。女性の3、4人に1人は持っているという症状ですし、月ごとの苦しみから解放されます。

MRI検査をして、もう一度、診察とのこと。

MRI検査とは、20分もかかるのですね。長い検査だと1時間のものもあるとか。

緊急用のブザーをお守りのように胸に抱くと、お腹のまわりを機械がウイーンとまわりだしました。

20分は結構ありますから、楽しいことを考えるようにしました。最近、毎晩のように観ているPentatonixの「Cheerleader 」の動画を頭の中で自動再生します。透き通るミッチの声から始まり、大好きなカースティンのサビを何度も思い返します。Sing-Offのパフォーマンス動画も好きです。「Cheerleader」でメンバーが立ち上がると、ぐっと盛り上がります。メンバーが立ち上がっただけで、こんなに盛り上がるのはジャミン・ゼブぐらいだと思うと、今度は「Just the Way You Are」「君がいるだけで」を自動再生します。次は、いきものがかり「ブルーバード」「SAKURA」意外とレパートリーが少ないですね。

鳴り続く機械音の中にいると、ふっと、これまでのことが思い返されます。

おもに反省です。

ああすれば良かった、こうすれば良かった、どうしてあんなことをしてしまったんだろう。これからは、こうしよう、ああしよう。

殊勝な気持ちが出てきました

緊急用のブザーを握りしめて、機械音の中にいると、この格好は・・・

そう、滝行です。

降り注ぐ機械音は、問い続けます。

これまで何をしてきたのか。それは良い行いだったのか。

これから何をしたいのか。それは良い行いなのか。

人生を楽しみたいのか。はい、楽しみたいです。

孤独の中で、ただ、ひたすら自らを省みるのです。

「お疲れさまでした」

係の方が入ってくると、機械は急に無口になりました。

 

 

 

 

 

2017年 縁紅弁慶の花

今年も咲きました。

我が家の縁紅弁慶。

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南里秀子氏「猫の学校」

昨今の猫ブームで、猫と暮らす人も増えたようです。

猫と暮らすことは、人と暮らすこと。

命を考えることです。

著者の南里秀子氏が主催する猫の森で、猫スクールに何度か参加しました。猫スクールに参加した人は感じていると思います。猫の森では「猫で遊んでいない」ということです。生きるうえでの狩猟本能を満たす「遊び」ではなく、猫をアクセサリーのようにしていないということです。

猫の森で販売している商品は、猫や人が生きていくうえで必要なもの、より良く生きるために必要なものが売られています。猫のイラストが描いてあるから楽しい、という感覚ではなく「生きる」ということが前提になっています。

猫スクールでの南里氏の言葉が印象的でした。

「これまで、いろんなことをしてきて、たくさん失敗をしました。そういう経験をふまえて、みなさんにお伝えしたいんです」

著書には、南里氏の若き日の衝撃的な失敗、福ちゃんを看取った日のこと、南里氏がたくさん経験し、たくさん失敗したことで、この本を読む人々は、同じ失敗をせずにすむのだと思います。 

猫の習性や、猫の危機管理についても、現場で五万匹の猫と接してきた経験から、猫と人のための揺るぎない真理が生まれています。

 

久しぶりの「犬神家の一族」

胃腸の調子が悪くてごろごろしている日曜日の午後、BSで「犬神家の一族」が放送されていました。

子どもの頃、スケキヨの白いマスクにトラウマになった世代です。もう大人ですから、今は、恐くないです。遺言を読んでいるシーンから物語が始まっていました。

それにしても恐いですね。平成の時代に見ても、引き込まれていきます。映像も恐いですし、人間関係も、人の業も、戦争の後のことも。

石坂浩二さんの金田一耕助高峰三枝子さん、草笛光子さん、岸田今日子さん、三国連太郎さん、あおい輝彦さん、豪華俳優人にも、見入ってしまいました。

もう一つ引き込まれたのが、時代感のあるセットです。「警察の鑑識」では、電子レンジぐらいの四角の箱をのぞきます。りりりーんとなる黒電話、犬神家の玄関では、段差ある土間が旧家の風情を出していました。

「復員」とか「戦争」とか、遠い昔のことだと思っていたら、六◯代の佐世保出身の夫は、子どもの頃、日常的に「復員」してくる兵隊さんを見ていたのだそうです。

佐世保は帰港地の一つで、船から、腕や足の無い兵隊さんがたくさん降りてきたそうです。大けがをしてもどってきたスケキヨも、お話ではなかったようです。

今のように社会保障も十分ではなく、腕や足のない兵隊さんは橋の下で物乞いをするしかなかったのだとか。静かに「大変だね」と言ったわたしに、夫は、両手の、人指し指と親指で大きな輪をつくり「いっぱい入ってたよ」と言いました。

「いっぱい入っていた」としても、手足のない人々が、その後の人生を送るときに苦しみや悲しみも多かったと思います。

若くして行き倒れていた佐兵衛、珠世を守ることに命をかけている猿蔵、どちらも身元不詳です。あの時代は、そういう人が多かったそうです。いわゆる戦争孤児で、お父さんが出兵してお母さんが事故や病気で死んでしまい孤児になってしまうのです。

佐兵衛は、その後、犬神製薬を創立し成功します。猿蔵は、衣類は汚れて髪も乱れ、野蛮な印象を与えています。それでも「命に代えて珠世を守れ」という言いつけを守る忠誠心と、珠世のピンチにあらわれて救い出す賢さ(映画ですけど)があり、教育を受けていたら理系の数字オタクになっているような雰囲気です。

映画の登場人物が、現代に生きていたらと想像すると面白いですね。

平成の時代にみると、一番悪いのは、あちこちに女性をつくり、わけわかんない遺言状を残した佐兵衛ではないかと思います。